小泉八雲と神戸

   
「耳なし芳一、雪女」などの怪談で知られる明治の文豪、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン/1850年-1904年)は、1890年横浜港に到着。松江・熊本で教壇に立った後、1894年に神戸に転居し、ひょうご労働図書館が設置されている中央労働センター敷地内に居を構え、英字新聞「神戸クロニクル」の記者として活躍するとともに、「心」、「佛の畑の落穂」などを執筆しました。
1994年(平成6年)には、小泉八雲が神戸に住んでからちょうど100年の節目を記念して、中央労働センター玄関前の庭に記念碑が建てられています。ここで小泉八雲の神戸での足跡をご紹介します。
   
【ハーン第一住居跡付近】
 旧町名:下山手通4丁目7番地
1894年(明治27年)10月 ハーン44歳
赤いレンガ色のビル(ダフネビル)付近。
2階が洋風で、1階が和風のつくり。
ハーンがかつて勤めていた島根県尋常中学校の教頭西田千太郎への手紙に書かれている。
 
(1894.10.23 ハーンから西田千太郎へ宛てた手紙の一部)
We have a little house now,-foreign upstairs
and Japanese downstairs.It is not very nice,but it will be very warm in winter,and by summer I hope Setsu will have a house of her own.
2階が洋風で、1階が和風です。それほど素敵な家ではありませんが、冬は大変暖かいでしょう。また夏までにはセツは自分自身の家を持つことを希望しています。
(出典:教育社ラフカディオ・ハーンの世界、(有)ワン・ライン)
 
 
【ハーン第二住居跡付近】
 旧町名:下山手通6丁目26番地
1895年(明治28年)7月 ハーン45歳
ひょうご労働図書館が設置されている中央労働センター。
妻子のことを考え帰化の決心をする。
明治28年8月頃から始まった帰化の手続きは、明治29年1月までの期間を要した。
 
【ハーン第三住居跡付近】
 旧町名:中山手通7丁目番外16番
1895年(明治28年)12月 ハーン45歳
この宇治川で八雲と一雄が楽しく遊んでいる姿が想像できそうです。
「楠公社(現在の湊川神社)で甘酒を飲んだことや、お梅に連れられて海岸で遊んだ帰途、屋形船の玩具を買って貰ったことや、山手の異人館の前を流れる清い流へ笹船や潰れ壊れて不用になった張子の玩具を流したこと(略)」『小泉八雲 父「八雲」を憶う』小泉一雄著より
 
【ハーンも観覧した和田岬水族放養場】 
1895年(明治28年)、第4回内国勧業博覧会が京都で開かれたとき、神戸市もこれに協力し、博覧会附属の施設として、神戸市兵庫区の和田岬の遊園地「和楽園」に「和田岬水族放養場」を開設し、ハーンも観覧した。
 
1897年(明治30年)には、第2回大日本水産博覧会が神戸で開催され、神戸市は「和田岬水族放養場」を充実させ、本格的な水族館を開設した。(写真)
この「和田岬水族館」が日本最初の水族館と言われている。
その後「楠公さんの水族館」(湊川神社の境内に設置)、「湊川水族館」、「須磨水族館」と変遷。
1987年(昭和62年)に現在の「須磨海浜水族園」が開設された。
 
 
 
【長男・一雄の七五三の祝い(1896年頃】
この神戸時代にハーンは家族のため、日本に帰化することを決意した。
そして1895年(明治28年)8月頃から長く複雑な帰化手続きが始まり、翌1896年(明治29年)1月、妻セツへの入夫願いが許可され、2月に小泉八雲入籍、また、長男・一雄も嫡出子となり帰化に伴うすべての手続きが終わった。
 
【最初の神戸クロニクル社】
 栄町通1丁目7番地
 
(1894.9.11 神戸クロニクル社主のロバート・ヤングからハーンへ宛てた入社の誘いの手紙の一部)
 It occurs to me,however,that if you are anxious to leave the service in which you are at present engaged you might have no objection to accepting a small salary in a treaty port for a few months,which would give you a better opportunity of looking round than where you are at present.
 I therefore make this proposal.I will for six months pay one hundred dollars per month for your assiatance with the paper in literary and other ways,this to be on the distinct understanding that you are to have sufficient time to go on with your literary work for American and other periodicals.
(日本語訳)
しかし、貴殿が現在のお勤めをお止めになりたいと切にお望みならば、2,3ヶ月は条約による開港場で薄給をお受けになることにご反対はなさらないのかもしれません。
そうなされば、貴殿が現在いらっしゃる所よりは、周りを見回す、より良い機会を得られるだろうという考えが、私の心に浮かんで参りました。したがいまして、私は次のご提案を申し上げます。私は6ヶ月間貴殿が文学および他の面で、この新聞にお力添えをいただくことに対して、100ドルお支払いたしましょう。これは、貴殿がアメリカやその他の雑誌のためにお仕事をお続けになる十分な時間をお持ちになることを、はっきりと了解した上で行われるものでございます。
(出典:教育社ラフカディオ・ハーンの世界、(有)ワン・ライン)
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<<ひょうご労働図書館>> 〒650-0011 兵庫県神戸市中央区下山手通6丁目3番28号 兵庫県中央労働センター1F TEL:078-367-3895 FAX:078-367-3896